(京都)木嶋坐天照御魂神社(蚕の社)を訪問。古代史の中で不思議な一族・秦氏創建の神社。三柱鳥居は神秘的でした!(α7Ⅲ)

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はじめに

京都の太秦に鎮座する、木嶋坐天照御魂神社を訪問しました。

以前から訪問したかった神社です。
この神社の見どころは、三柱鳥居で、3つの鳥居が方を組んで立っているような形をしています。

御朱印は頂けませんでした。
(社務所が開いていることは、滅多にないそうです)

それでも、訪問する価値はあります。
では、境内を共に散策していきましょう。

御祭神

祭神

天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)

日本神話の天地開闢で最初に登場している神様です。
天の中心とあることから、北極星が神格化された神様でないか、という説もあります。

大国魂神(おおくにたまのかみ)

国や国土を神格化した神様と言われています。
日本大国魂大神と同じでしょうか。

穂々出見命(ほほでみのみこと)

山幸彦。
瓊々杵尊の子供です。鵜茅葺不合命の父とされます。

鵜茅葺不合命(うがやふきあえずのみこと)

初代天皇とされる、神武天皇の父神です。

瓊々杵尊(ににぎのみこと)

天孫降臨した神様です。
高千穂の峰に降り立ったとされます。

御由緒など

社格

式内社は名神大社
旧社格は郷社

御由緒

創建の由緒

創建年月は不詳です。
一説には、推古天皇12年(604年)、広隆寺の創建に併せて勧請されたと伝えられています。

少なくとも、『続日本紀』では「大宝元年(701)年4月3日の条」に、神社名が記載されています。そのため、それ以前に創建されたとことは分かります。

天照御魂とは?

色々と調べていると、木嶋神社の別名である、天照御魂にはいくつかの説があるようです。
ここでは、2つ+αをご紹介します。

ちなみに、私は(2)の説を信じたいと思っています。

(1)由緒書きの説明

神社の由緒書きでは、天之御中主神を主として奉り、上は天神に至り下は地神に渉り、御魂の総徳を感じて天照御魂神と称し奉る、とされます。

学問の神であり、祓いの神でもある、とのことです。

(2)饒速日命説

天照御魂神の天照を「あまてる」と読みます。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)とは別の神様です。

「あまてる」と言えば、京都・丹後に鎮座している天橋立を擁する籠神社/真名井神社でご紹介した「天照国照彦火明命(=饒速日命)」を想起させますね。

饒速日命と言えば、秦氏が創建した下記の神社の祭神も饒速日命でないか、という話もあります。

(3)女性神説

『日本紀略』貞観17年(875年)8月25日条には、広隆寺に勧請された鎮守38所のうちで「木島 女。正一位」として、女神であることが記載されています。

祀られている神様を考えた際に、女神であることは不自然です。

女神は、蚕の社を示しているのかもしれません。
古事記でも、蚕(織物)をしているのは女性です。

訪問記

一の鳥居

一の鳥居、正面です。

少し斜めから見た一の鳥居です。

一の鳥居を進むと、神社が見えてきます。

神社の入口・参道

神社の入口

神社の入口の社号標は、2つの社名バリエーションがあります。
こちら、「木嶋座天照御魂神社」と「蚕神社」です。

こちら、神社入口の鳥居です。

桜の季節に訪問したら、入口にキレイに咲いています。
ぜひ、訪れてみてください。

参道

入口の鳥居をくぐると、橋がかかっています。

灯篭の間を進んでいきます。

そのまま、真っすぐ進みます。

右手に社務所があります。
しかし、不在のようでした。

綺麗に木が切られて薪になっていました。入念に手入れされているようです。

拝殿・本殿

拝殿

拝殿の正面です。

右側からの拝殿です。

左後ろから見た拝殿です。
少し簡素な造りになっているようです。

拝殿を通して見る本殿です。

本殿

では、本殿へ向かいましょう。

右側からの写真です。大きな岩がありますが、複数ありました。

拝所

こちら本殿正面です。

手前は拝所になっていますね。

拝所の中はこのようになっています。

拝所を左から見た様子です。
簡易的に作られていることがわかります。

本殿

直接拝することはできませんでした。
こちらは左からの写真です。

こちらは、右からの写真になります。

蚕養神社

本殿の右側に蚕養神社(こがいじんじゃ)が鎮座しています。

祭神:

保食神、蚕の神、木花咲耶姫命

由緒:

創建年代は不詳とされます。
通称の蚕の社は、 蚕養神社 を基にされているものです。

神社の由緒書きには、下記とあります。
「雄略天皇の時代(1500年前)、秦酒公(はたのさけのきみ)が呉国(現在の中国南部)より、漢織・呉織を召し秦氏の諸族と供に数多くの絹・綾を織り出し「禹豆麻佐(うずまさ)」の姓を賜ります。

この地を太秦と称し推古天皇の御代に至り、その報恩と繁栄を祈るために養蚕・織物・染色の祖神を勧請したのが蚕の社とされます」

しかし、秦氏の渡来以前にも、木嶋神社の付近で和泉式部町遺跡などの弥生時代頃からの集住を表す遺跡の存在があるようです。

木嶋神社の通称である蚕の社は、蚕養神社が元になっています。

社殿

こちらが社殿です。本殿の右側に鎮座しています。

正面の拝処から見た風景です。

八社の社

本殿の左側には、八社が合祀されています。
現代的に言うと、長屋ですね。

どういったお社か説明はありませんでしたが、Wkipediaを基にすると下記のお社と思われます。

  • 顕名神社
  • 稜道神社
  • 魂鎮神社
  • 八坂神社
  • 食国神社
  • 天満神社
  • 三拾八所神社
  • 白清神社

お社はこちらです。

元糺の池と三柱鳥居

元糺の池

由緒

「元糺の池」という神池です。
嵯峨天皇の御代に、下賀茂神社に遷されたため、「元」が付くようです。

「糺」は、「正シクナス」「誤ヲナオス」の忌で、神池は身滌(身に罪や穢のある時に心身を浄める)の行状とのことです。

毎年10月10日に例祭が行われるそうですが、夏期の土用の丑の日に、この池に手足を浸すと諸病によいという信仰(庶民信仰)があるそうです。

元糺の池

拝殿の左側に、もう1つ鳥居が建てられています。
ここが、元糺池への入口です。

こちらが元糺の池です。
通常、水はありません。

池の下からは、このようになっています。

三柱鳥居

由緒

全国唯一の鳥居で、鳥居を三つ組み合わせた形態。

神社の由緒書きでは、下記になっています。

「中央の來未石は、本殿御祭神の神座であり宇宙の中心を表し四方より拝することが出来るよう建立されている。創立年代は不詳だが現在の鳥居は享保年間(約300年前)に修復された、とのこと。

一説では、景教(キリスト教の一派であるネストル教で約1300年前に日本に伝播)の遺物でないかと伝わる」

なお、神社の説明書きでは唯一とありますが、他にも現存しています。
(長崎の和多都美神社など)
ルーツは、木嶋神社にある、と言いたいのかもしれません。

また、現在では枯れているようですが、三柱鳥居の中央からは湧き水が溢れていたそうです。

三柱鳥居の他説

現状、考えられている説をご紹介します。

  • 秦氏の聖地である松尾山(松尾大社神体山)・稲荷山(伏見稲荷大社神体山)の遥拝方位を表した(+下加茂神社)
  • 比叡山、愛宕山、木嶋神社を結ぶと逆三角形になる
    (冬至には稲荷山から朝日が昇り松尾山へ。夏至には比叡山から朝日が昇り愛宕山に沈む。)
  • キリスト教の教えである、神(父)とキリスト(子)と聖神(聖霊)が一体であり唯一の神である、とする教えを表している

秦氏の出自も含めて、とても興味深いですね。

三柱鳥居

元糺の池の右側(鳥居を背)に、こちらがあります。
この奥が三柱鳥居です。池に通じていることが分かります。

三柱鳥居には近づくことができず、上記の柵越しに拝むことになります。

カメラのズーム機能を使って、このような写真を撮影できます。
元は石の中央から水が湧き出ていたとのことです。

確かに、鳥居が3つ重なっていることが分かります。

本殿近くからは、このように見えます。

その他:稲荷社

稲荷社が境内に鎮座しています。

椿丘大明神

こちらは、椿丘大明神です。

稲荷社など

稲荷社の入口

こちらは、稲荷社の入口です。
狛狐・橋・鳥居が建てられています。

橋を渡ると、

白清社

由緒

京都市右京区太秦松本町にある、明治20年に古墳を調査した際に天塚古墳から移築されたそうです。(国の史蹟に指定されている、前方後円墳)

天塚古墳は、秦氏が祀っていたとされる古墳です。
天塚古墳では石室にお稲荷さんを祀っていたそうで、そこを再現したものと想定されます。

※現在は天塚古墳に戻されたそうですが、引き続き木嶋社でも祀られます

お社

敷地の奥に大きめのお社があります。

中は半地下の洞窟のようになっています。

神様です。

お稲荷さん(奥)

白清社の右奥にもお稲荷さんが鎮座しています。
こちらは、簡易的に祀られています。

こちらは、小さなお社になっています。

お稲荷さん(手前)

橋を渡ってすぐの場所にも、2つのお社が祀られています。
それぞれ、案内や名前がないため、どのようなお社か不明です。

こちらは、橋側のお社です。
屋根が添えつけられています。

お社です。

こちらは、上記のすぐ左に鎮座しているお社です。

その他

方位を示す石が置かれていました。
社務所の辺りでしたが、何か意味があるのでしょうか。興味深いところです。

御朱印

取得できませんでした。
色々と調べてみたのですが、社務所は滅多にあいていないようです。

京都市観光協会による京都観光Naviでも営業時間は記載されません
https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=7&tourism_id=290

住所・地図

住所

〒616-8102 京都府京都市右京区太秦森ケ東町50−1

行き方

嵐電の「蚕の社」駅で下車します。

電車を降りて、線路を越え右手側へ向かいます。

そうすると、すぐ一の鳥居に辿り着きます。

参考図書

QEDー~flumen~月夜見

月読神社を通して、秦氏について書かれています。

さいごに

今回は秦氏が創建したとされる、木嶋坐天照御魂神社をご紹介しました。

三柱の鳥居があると本で読んで以来、とても行きたいな、と思っていた神社です。
近くに行くことはできませんでしたが、とても不思議な雰囲気で行って良かったと感じました。

なお、御朱印を頂くことは滅多にできないようです。
もしあなたが訪問して御朱印を頂けた場合は、とてもラッキーだと思います。

では、皆様にもよいGOENを!
そして、1日でも早く旅と写真が楽しめる日が来ることを!

デル株式会社

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