目次
はじめに
大阪の堺に鎮座している方違神社を訪問しました。
元は疫病鎮静を祈願して建立された神社ではありますが、摂津国、河内国、和泉国の境の三国山(現・三国ヶ丘)に鎮座している神社で、三令制国のいずれにも属さない地であるため、異なる方角へ出向く際に祈願されてきました。
紀元前に創建由来を持つ方違神社。
ぜひ、ご覧ください。
御祭神
主祭神
方違幸大神(かたたがえさちおおかみ)
須佐之男神
疫病流行の治癒を祈願して、祀られた神様です。
下記の八坂神社と同じ祭神ですね。
方違神社の創設起源になっている神様です。
天神地祇
神功皇后が三韓征伐終了後に忍熊王の叛乱に遭った際、合戦に勝利するために方違神社に祀って方災除けを祈願したため、祭神が追加されます。
三筒男神(住吉大神)・神功皇后
応神天皇が祭神を追加されました。
祭神を追加したことで、方違大依羅神社(かたたがへおおよさみのかむつやしろ)と神社の名前を変更し、方違宮と称します。
合祀神
向井大神
大鷦鷯天皇(仁徳天皇)、去来穂別天皇(履中天皇)、瑞歯別天皇(反正天皇)、菟道稚郎子命、百済王仁を指します。
水天宮外十二柱神
1907年(明治40年)2月に合祀した水天宮社の神様と思われます。
御由緒
社格
旧郷社
由緒
神社の創建
崇神天皇8年12月29日(紀元前90年)に、勅願により物部大母呂隅足尼(もののべのおおもろすみのすくね)を茅渟の石津原に遣わせて須佐之男神を祀らせたそうです。
これが方違神社創建の起源とされています。
方違の起源
摂津国、河内国、和泉国の境の三国山(現・三国ヶ丘)にあり、三令制国のいずれにも属さない地、方位のない地であるとして、古くから方位、地相、家相などの方災除けの神様として有名だったようです。
~方違神社ホームページ(http://www.hochigai-jinja.or.jp/concept.html)より~
「三国山こずえに住まふむささびの鳥まつがごとわれ待ち痩せむ」と『万葉集』にも歌われているごとく、摂津、河内、和泉の三国の境界なるが故に、“三国山”また“三国丘”とも称され、この三国の境(ちなみに“堺”の地名はこれに由来する)で何処の国にも属さない方位の無い清地であるという考え方に依り、その境内の御土と菰の葉にて作られた粽は悪い方位を祓うという信仰を以て、古きより方災除の神として御神徳を仰ぐ参詣者が全国より訪れます。
平安時代には熊野街道にあったため熊野詣の人々が参詣して旅の安全を祈願したそうです。
訪問記
入口・参道
鳥居・参道
方違神社の入口です。神社の敷地が道路沿いに続いているようです。
正面の鳥居です。
参道が折れ曲がって続いていますね。
神様が強いほど参道が折れ曲がっている、と言われていますが・・・。
手水舎
手水舎です。
三国山と彫られた井戸と、方違宮と書かれた手水石があります。
手水舎は、新型コロナウイルスの影響で使用できなくなっていました。
本殿
方違神社の本殿です。
こちらでお参りをします。
お参りしました。
中でお祓いがされていたようです。本殿の内部です。
こちら、方違神社の御本殿のようです。
立派な神社の形になっています。
本殿横には絵馬が掲げられていました。
段ボールで”””””が配られていました。
1つ頂戴して、奥さんがジャムをつくってくれました。
摂社・末社
神明社
神明社です。
狛犬と灯篭がたてられています。
立派なお社でした。
楠木姫大神
楠木姫大神の入口です。
お社です。
お社の裏の楠木を祀っているお社のようですね。
お社の裏には立派な楠木が生えています。
稲荷神社
稲荷神社の入口です。
複数の神様が祀られています。
入口には鳥居、狛犬があり、また、両脇に大きな樹が植えられています。
稲荷大明神
祭神:大年大明神、鈴山大明神
正面にあるお社です。
稲荷大明神のお社です。
白髭大明神
白髭大明神です。右奥に鎮座しています。
末次大明神
稲荷大明神の背中に鎮座している末次大明神です。
八幡大神
左奥に鎮座している八幡大神です。
境内には、キツネも鎮座しています。
流石にお稲荷様ですね。
その他
車祓い所です。方違宮という社号標がたてられています。
三国丘の石碑です。
神功皇后の馬繋ぎの松です。
松の前に石碑が建てられています。
方違神社は、反正天皇陵にそって建立されています。
古墳って、今となっては横から見ると単なる森ですね。。。
拝礼所は丁度裏側にあります。
こちらは、円部分になっている頂点になります。
御朱印
御朱印
こちら、方違神社の御朱印です。
社務所
こちらが方違神社の社務所です。
本殿を正面に見て、左手に社務所があります。
社務所にあったマットです。中々、興味深いですね。
住所・地図
住所
〒590-0021 大阪府堺市堺区北三国ヶ丘町2丁目2−1
行き方
堺東駅を出て、高島屋(デパート)沿いに歩き、右に曲がります。
そうすると、地下道(長岡街道沿い)があります。
地下道を超えるとまた看板があります。
そのまままっすぐ進むと方違神社の入口です。
最後に
大阪・堺に鎮座する方違神社をご紹介しました。
大きく有名ではありませんが、紀元前に創建由来をもち、古代史での有名人・神功皇后にも関係する神社でした。
旅行・引っ越し、転勤などなど、いつもと違う方角に向かうとき、ぜひ訪問してみてください。
では、皆様にもよいGOENを!
そして、1日でも早く旅と写真が楽しめる日が来ることを!
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