(京都)白峯神宮を訪問!蹴鞠奉納があるサッカーや球技などスポーツの神様!!(RX100 M7)

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はじめに

京都の街を歩いていた際に、白峯神宮を発見しました。

神宮さんとのことで、中に入ってみたら、スポーツを中心とするご利益を求める方が多い神社です。
サッカー少年らしき家族連れが多かったです。

御祭神

第75代 崇徳天皇

崇徳上皇は保元の乱に敗れて讃岐国に流され、その地で崩御した。その後天変地異が相次いだことから上皇の祟りとされ、上皇が葬られた白峯陵(香川県坂出市)の前に、上皇を白峯大権現として祀る御影堂が建立された。

第47代 淳仁天皇

藤原仲麻呂の乱に巻き込まれて淡路国に配流され、その地で崩御した。

社格・由緒

社格

明治の新制度により官幣中社としての待遇をうけ、昭和十五年には官幣大社に御昇格されたそうです。

由緒

御霊信仰(悲劇で亡くなった方に対する供養が足りない場合に祟りがある、とする考え方)が基になった神社のようですね。

白峯神社ホームページより

121代孝明天皇は、保元の乱(1156)によって悲運の運命を辿られた第75代崇徳天皇の御霊を慰め、かつ未曾有の国難にご加護を祈らうとされ、幕府に御下命になり四国・坂出の「白峰山陵」から京都にお迎えして、これを祀らうとされましたが叶わぬままに崩御されました。

明治天皇は父帝の御遺志を継承・心願成就され、宮地を和歌・蹴鞠の公卿宗家「飛鳥井家」の邸宅地跡に求められ、慶応4年(明治元年)9月6日、社殿を現在地に新造。奉迎鎮座されました。続いて明治6年に第47代淳仁天皇の御神霊を淡路島南端の御陵からお移して、御併祀になりました。

下記にご利益があるとされています。

訪問記

鳥居・入口

今出川通り沿いに鳥居が建っています。

お正月らしく、こういった看板もあります。

御門です。

すぐ正面に神楽殿(!?)が見えます。

手水舎

手水舎です。入口の右手にあります。
車が駐車されており、真っすぐには行けませんでしたが・・・。

神楽殿?能舞台?

神楽殿か、能舞台か、がありました。
神社境内の真ん中に鎮座しています。

蹴鞠神事があることもあり、サッカー関係のポスターがありました。

本殿

本殿です。神楽殿の奥にあります。

お参りする場所です。

大きな鈴が置いてあります。こちらを鳴らします。

鳴らし方が書かれていました。

摂社・末社

地主社(じしゅしゃ)

5社の合祀です。それぞれの社とご利益です。

「精大明神」は蹴鞠・和歌の宗家である公卿・飛鳥井家が代々守護神として邸内にお祀りしてきたもので、球技の神様とされています。
 スポーツ上達を願う場合、こちらの神様に参拝しましょう! とのことです。

  • 精大明神 :球技・スポーツ芸能上達
  • 柊大明神 :厄除延命長寿
  • 今宮大神 :無病息災
  • 白峯天神 :学業成就
  • 糸元大明神:織物繁栄・和装

※帰宅後に知ったため、写真撮れていません。

地主社にお参りしたあとに、こちらを回します。

天神様が鎮座しているため、牛の置物があります。

潜龍社(せんりゅうしゃ)

祭神:潜龍大神
昭和30年の御火焚祭の斎行中斎行中に炎の中に出現した龍神様で「寿幸長寿の神様」とのことです。

手前に可愛い「笑い龍」の手水舎があります。

鳥居です。

社殿です。

伴緒社(とものおしゃ)

祭神:源為義公、鎮西八郎為朝公親子
弓の達人であったことから、「武道の神様」とのことです。

その他施設・樹木など

鞠庭です。

手水舎の奥にある小賀玉の木です。樹齢800年とのことです。

井戸があるようです。(見つけられなかったのですが・・・)

神楽殿手前の右側です。

神楽殿手前の左側です。右近の橘です。

三つ葉の松です。

歌碑です。

お祓いどころです。

授与所に並んでいたら、飾られていました。

御朱印・お守り

御朱印

書置きでの対応でした。1枚500円。
神社の背景画に御朱印が書かれています。これは書置きでないと無理ですね。

お守り

叶う輪が有名なようです。

その他、下記のお守りもありました。*一部です。

地図

清明神社に行く途中に見かけました。
地下鉄今出川駅から徒歩で10分ちょっとです。

〒602-0054 京都府京都市上京区飛鳥井町261

最後に

私は一番ご利益があるはずの、地主社にお参りできていませんでした。
白峯神社を訪問した際には、ぜひお参りしてください。

私は蹴鞠神事に興味があるため、そちらに行けたらなぁ、と思っています。

では、皆様にもよいGOENを!

デル株式会社

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