(島根)佐太神社を訪問。出雲国二宮で猿田彦ともされる佐太大神を祀る神社。お参りすることで楽になった方も!!(α7Ⅲ)

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はじめに

島根県、松江からバスに乗って30分、
出雲国二宮である、佐太神社を訪問しました。

とても素敵な出会いが2つありました。
1つは田中神社、そして、もう1つはカフェにて。

過去に1度訪問しているのですが、とても落ち着ける神社です。
古事記異聞を読むと、より楽しめるかも!?

さあ、佐太神社を見ていきましょう!

祭神

正中殿(神紋:扇の地紙)

佐太大神

猿田毘古大神と言われています。
佐太は、猿田を読んだもの、という説もあります。

伊予國の佐田岬、大隅半島の佐多岬等の地名にみられる岬の意味で島根半島一円、いわゆる『狭田国(さだのくに)』の祖神であり、出雲國における最も尊く、古い大神のうちの一柱です。
(出雲4大神は、杵築・熊野・能義・佐太です)

『出雲国風土記』では、神魂命の子の枳佐加比売命(きさかひめのみこと)を母とし、
加賀の潜戸で神埼の窟(いわや)に金の弓矢を射って生まれとされています。

加賀の潜戸では、下記の話が伝えられています。

大神が産まれようとしていた時、弓矢がなくなった。

その時、御母である 枳佐加比売命は
「わたしの生んだ子が 麻須羅神ますらかみの子であるなら、亡くなった弓矢よ出てきなさい」と祈願します。

その時、角(つの)の弓矢が流れ出てきます。
これを見た御母は「これはわたしの弓矢ではない」と投げ捨てられました。

すると今度は黄金の弓矢が流れ出てきます。
御母はそれを手にすると「なんと暗い 窟いわやであることか」と金の弓矢で
窟を射通しました。

すると、暗い窟が光り輝いたとのことです。

上記のとおり、窟が光り輝いたので「加賀(かか)」と呼ばれるようになったと記されています。

伊弉諾尊、伊弉冉尊

言わずと知れた、国生みをした夫婦神です。

事解男命

伊邪那岐命が吐いた唾を掃きはらって生まれたとされます。
掃きはらったことで、事物を明らかにし事態を収拾させる神とも、魔を祓う神とも言われます。

熊野権現を構成する神様の1柱です。

速玉之男命

絶命して黄泉国へ去った伊邪那美命を追った、伊邪那岐命。
姿を見ないで欲しいと言う伊邪那美命の約束を破って姿を見てしまいます。

喧嘩して別れた2人ですが、別れ際に伊邪那岐命が吐いた唾から生まれた神様です。
日本書紀の一書に出てくる神様で、熊野速玉神の1柱です。

なお、唾を約束を固める意味として用いることは、海幸・山幸の神話にも出てきます。
そのため、古代の風習であったとする説が取られています。

北殿 (神紋:輪違)

天照大神

伊邪那岐命、伊邪那美命から生まれた三貴神の1神。
皇祖神と言われている、太陽神。

瓊々杵尊

古事記や日本書紀にて、高天原から天孫降臨をしたとされる人物

南殿 (神紋:二重亀甲)

素盞嗚尊

伊邪那岐命、伊邪那美命から生まれた三貴神の1神。
粗暴な行いのため高天原から追い出されたとされる神。疫病退散のご利益があるとされ、八坂神社の祭神となっています。

秘説四座

招待が明かされていない4柱の神様。
どなたが佐太神様になっているのでしょうか。出雲大社の祭神など・・・!?

由緒

社格

式内小社
国幣小社
別表神社

出雲国二宮
出雲國神仏霊場第四番

由緒

創建年代

創建は不詳。

但し、垂仁天皇54年(西暦25年)4月に信仰が始まったとされます。
養老元年(717)に太政官符の命により社殿が再建されたと記録されています。

神在の社

中世には伊弉冉尊(いざなみのみこと)の陵墓である比婆山(ひばやま)の神陵を遷し祀った社と伝え旧暦十月は母神である伊弉冉尊を偲んで八百万の神々が佐太神社に集まるとされます。

この祭りに関わる様々な神事が執り行われることから当社を「神在の社」(かみありのやしろ)とも言われています。

佐太神社が登場する文献と歴史

雲國風土記に「カンナビヤマの麓に座す」佐太大神社(さだおおかみのやしろ)或いは佐太御子社(さだみこのやしろ)と書かれています。

延喜式(えんぎしき)には佐陁大社(九条家本)、また出雲國二宮と仰がれ、出雲國三大社の一つとして杵築(きずき=出雲大社)、熊野、鎌倉時代においても杵築、日御崎とともに「佐陀大社」と称えられます。

盛時には神領7千貫・神職224人を有し、年間七十余度祭禮が行われていたと云います。

太閤検地で領地を減じられ神職75人となったとされますが、江戸時代には出雲國10郡のうち佐陀触下(さだふれした)と呼ぶ秋鹿(あいか)・島根(しまね)・楯縫(たてぬい)・意宇(おう)西半の3郡半の神社を支配下に置き、出雲國内でも重要な地位を占めていました。

明治時代には力を失いますが、氏子による復興が行われ国幣小社となります。

その他

佐太神社も取り上げられている、高田崇史さんの小説です。
「古事記異聞 ~鬼棲む国、出雲~」

写真はないですが以前にも訪れた佐太神社を訪問するきっかけになりました。

佐太神社では、母儀人基社も取り挙げられていました。

訪問記

鳥居と参道

参拝順路

佐太神社には参拝順路があるようです。
このBlogでも大きくこちらに沿ってご紹介していきます。

鳥居

佐太神社の鳥居です。

鳥居を越えて、神社への参道です。

神社境内

神社入口と狛犬

佐太神社の手前にもまた川があります。
ここから見える3つ並んだ社殿がとても綺麗です。

個人的に、ここ佐太神社の狛犬好きです。

手水舎

佐田神社の手水舎です。

新型コロナウイルスの影響で、手水桶は使われていないようです・・・。

江戸時代、斐伊川は水害に度々見舞われたそうです。

天明年間、松江城下の水害を防ぐため等の目的により松江藩の命で、宍道湖と日本海をつなぐ人工の運河佐陀川が開削されました。当社の手水鉢は天明六年九月、清原太兵衛が当社の神池”身澄池(みすみがいけ)”を切り開くに当たり神威をおもんばかり神社に寄進したものです。

随神門

随神門です。立派な門ですね。

中には門番が2柱いらっしゃいました。
随神社として、祭神は下記のとおりです。
 北社:大来目命(おおくめのみこと)
 南社:天忍日命(あめのおしひのみこと)

ただ、下記の写真でどちらがどちらか記録が漏れておりました・・。

拝殿・本殿

全体像

横に並んだ3殿がとても印象的な全体です。

より近くで撮影しました。
国の重要文化財に指定されているそうです。

正殿

正殿です。

神紋は、扇の地紙です。

中を確認してみました
(※撮影時に斜めになってしまっていました)

北殿

北殿です。

神紋は、輪違です。

中を確認してみました

南殿

南殿です。
通常の大社造りの構造とは逆に作られており、他に類例を見ないそうです。

神紋は、二重亀甲です。

中を確認してみました。

母儀人基社

今回、佐太神社を訪問した目的の1つ。
佐太神社の中に、磐座があります。安産にご利益がある、と言われています。

祭神

伊弉冉尊(いざなみのみこと)

入口・社殿

入口

南殿の左奥に入口があります。

階段を登って行きます。
コンクリートで整備されているため、(訪問時は雨でしたが)特に危ないことはありませんでした。

少し階段を登ると踊り場に出ました。
すると、上に縄が張られた空間があるようです。登ってみます。

古代の祭祀場跡?!

古代の祭祀場跡のようです。
磐座が鎮座しており、その前に狛犬と灯篭が建てられています。

神々しい雰囲気でした。

そして、こちら上を見た景色です。磐座の周りには、大きな樹が生えていました。
偶然なのでしょうが、規則性があるように見えてしまいます。

境内その他摂社・末社

北末社

祭神

  • 山王(さんのう)社
     :大己貴命(おおなむちのみこと)
  • 宇智(うち)社  
     :天児屋根命(あめのこやねのみこと)
  • 玉御前(たまのみまえ)社
     :玉屋命(たまやのみこと)
  • 竹生島(ちくぶしま)社
     :竹生島(ちくぶしま)神=稲倉魂命(うがのみたまのみこと)

社殿

北末社です。前に灯篭が建てられています。

末社の社殿です。

南末社

祭神

  • 戸立(とだて)社
     :手力雄命(たぢからおのみこと)
  • 振鉾(ふりほこ)社
     :天鈿女命(あめのうづめのみこと)
  • 垂水(たるみ)社
     :岡象女命(みづはのめみこと)
  • 天神(てんじん)社
     :菅原道真(すがわらのみちざね)

社殿

南末社の社殿です。

社日社(?)

南末社の近くに建てられている石柱です。
住職さんに聞いてみましたが、全ては分からないようです。

私が解読できたのは下記でした。
 ・少彦名命
 ・大己貴神(大国主命の別名とされますね)
 ・稲倉魂命
 ・天照??
  (アマテラスではなく、アマテルと想像しました)

その他

南末社の近くにあった社殿です。
どういったお社かは、記載がありませんでした。

狛犬もいるため、とても気になります・・・。
まだ整備中なのかもしれません。

境内その他

北側

藻汐祓です。

家に悪穢があつた際に、青竹で汐筒を作成します。
そして海で汐を汲み、ジンバ草を採って身を清めます。

その後、佐太神社へお参りし祓をするのが古くからの習俗だそうです。

南側

弓の形をした石(弓石)です。

御祭神伊弉諾尊が神社の東方にあたる御的山(おまとやま)にむけて弓を射ったという故事にちなむものとのことです。

現在はどういったものか不明ですが、以前は弓石にちなむ神事があったようです

田中神社(境外摂社)

場所・入口

バスを降りた後に渡った橋から田中神社の鳥居が見えます。
(鳥居よりもバス停寄りです)

田中神社入口です。鳥居の奥に社殿があります。

鳥居の前には川が流れています。

東社と西社があります。2社殿が背中合わせになっています。
とても珍しい構造です。

なお、田中神社に参拝されていた方と偶然に話をしたのですが、
佐太神社に参拝をするようになって、忙しくて仕方なかった日々から脱出したそうです。
私自身も、頑張ろう、と感じました。

自分自身も毎日忙殺されていたため、とても勇気づけられました。

東社

祭神

磐長姫命(いわながひめのみこと)
 ご利益は、悪縁を切る、延命長寿を得る、と言われています。

社殿

東社の社殿です。

西社

祭神

木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
 ご利益は、良縁を結ぶ、安産、と言われています。

社殿

西社の社殿です。

カフェ(佐蛇のだんだん家)

バスまで時間があったため、カフェで休憩しました。
(佐太神社の鳥居から境内に入る橋の間にあります)

中は雑貨も販売されています。

とても素敵なご夫婦が運営されていました。
聞いたところによると、月では例年、雨が多いそうです。
(私が訪問した際も、降ったりやんだりです)

雨の時は神様が移動しているとか。特に嫌われている訳ではないそうです。

ぜんざいを注文しました。
昔ながらの神在月ぜんざいで、甘くありません。薬膳としてのぜんざいです。
決して美味しいとは言えませんが、昔ながらのものですので有難く。
(※通常の甘いぜんざいもありますよ!!)

ちなみに、昔の味を楽しんだ後は、自分で甘さを調整して頂きました。

ちょっと読みづらいですが、説明書きを添付しておきます。

もう1つ。雨で寒かったのでしょうが湯です。
こちらは美味しかったです。

佐太神社を訪問された際に、立ち寄ってみては如何でしょうか。

御朱印

佐太神社の御朱印です。

出雲神仏霊場巡りの御朱印です。

社務所でお分けいただける、御朱印帳です。

住所・場所

住所・地図

〒690-0331 島根県松江市鹿島町佐陀宮内73

行き方

松江駅で下車します。

駅から空を見上げると、虹がかかっていました。

松江駅前のバス停でバスに乗車します。
(※「恵曇連絡所行き」です。約30分乗車します)

佐太神社前で下車します。

バス停の近くにローソンがあります。

橋を渡って、佐太神社へ向かいます。

最後に

佐太神社をご紹介しました。

佐田神社を訪問して、仕事が・気持ちが楽になった方、
また、神在月の昔ながらのぜんざい。
とても、素敵な出会いでした。

私は11月末に訪問しました。神有月期間です。
この期間には雨がよく降るそうです。
訪問される方は、気を付けてください。

ただ、雨が降っていても神様が移動しているだけ。
嫌われている訳ではありません。

では、皆様にもよいGOENを!
そして、1日でも早く旅と写真が楽しめる日が来ることを!

デアゴスティーニ

デル株式会社

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