目次
はじめに
おのごろ島神社(おのころ島神社)を訪問しました。
おのころ島と言えば、伊弉諾・伊邪那美が国産み・神産みをした拠点となった島です。
おのころ島神社は、その中心にあったと考えられています。
まずは、そこから淡路島を産んだ。と。
※幾つかある伝説の場所の1つです。
おのころ島神社には、カラフルな御朱印もあります。
そちらも併せて、ご覧ください。
御祭神
主祭神
伊弉諾命(イザナギのミコト)
伊弉冉命(イザナミのミコト)
言わずと知れた、古事記・日本書紀にて国生みを行った夫婦です。
国産み・神産みをした舞台が、おのごろ島(自凝島)と言われています。
合祀神
菊理媛命(キクリヒメのミコト)
社格・由緒
社格
見つかりませんでした。特には無いようです。
ご由緒
おのごろ島神社が創建された場所が丘になっており、その丘を起点に淡路島が作られた、と考えているようです。
古事記・日本書紀によれば神代の昔国土創世の時、二神は天の浮橋にお立ちになり、天の沼矛を持って海原をかき回すに、その矛より滴る潮がおのずと凝り固まって島となる、これが自凝島である。
二神はこの島に降り立たれ、八尋殿(やひろでん)を建て 先ず淡路島を造り次々と大八洲(おおやしま)を拓かれたと記されています。
訪問記
鳥居
高速道路から、鳥居が見えます。
高さ21.7メートル。
平安神宮及び厳島神社と並び「日本三大鳥居」の一つに数えられるそうです。
真下から撮影してみました。
日本最大と謳われています。
手水舎
階段の手前に手水舎があります。
手水舎です。
本殿への階段
階段の手前に賽銭箱があります。
遥拝用と思われます。兵庫県内では、珍しいような気がします。
参拝順路が掲げられていました。
拝殿・本殿
正面から見た様子です。
とてもシンプルな拝殿です。
横から見た拝殿・本殿です。
御神木
古い夫婦松(こえ松)のようです。
正殿の隣にあります。
松の本体です。
摂社・八百萬神社
正殿の左の道を進みます。
正面です。
社殿です。
御祭神:伊弉諾命・伊弉册命の御子神
東宮遥拝
東宮がどこかは不明です。
伊勢神宮かと思われます。
セキレイ石(鶺鴒石)
縁結びの効果がある石とのことです。
つがいの鶺鴒(セキレイ)が国産みに関係しているとは思いもよりませんでした。
それぞれの紐の持ち方の説明がありました。
新しい出会いを求めるのか、絆を強めるかによって、握り方が異なります。
産宮神社
階段の左奥に安産のお砂所があります。
塩砂は、大八洲の国生みの故事である「天の沼矛」から滴り落ちた塩であり、安産の神様として妊婦さんが参拝しているそうです。
その他
多くの石碑や歌碑がありました。
川端康成さんも関係があるようです。
御朱印
鳥居のすぐ下、右側に社務所があります。
御朱印はすべて書置きとのこと。(御朱印帳を購入すれば、手書きをしてもらえるそうです)
今回、カラフルな御朱印を4種類いただきました。
1)節分限定 青鬼/赤鬼御朱印
2)バレンタイン限定御朱印/水仙の御朱印
番外編(天の浮橋、葦原国)
駐車場で、「雨の浮橋」「葦原国」があるとの看板が。。
まずは、三原川の朱色の欄干の「おのころ橋」を渡ります。
そこから、10分弱を歩きます。(400m程度です)
そうすると、おのころ島神社の参道入口があります。
正面です。
ここから上側の写真の左側、下の写真の右側に天の浮橋があります。
(※参道入口を天の浮橋と勘違いをして、写真を撮っていたようです)
更に400m奥に行くと葦原国です。
今回は時間の関係上訪れることができませんでした。
それぞれ、鳥居が目の前にあるようですので、鳥居を目印にされてください。
私は後で知ったのですが、これを読んでいる方は探してみてください。
階段を登らずに裏手に行くとあるようです。
住所・地図
656-0423 兵庫県南あわじ市榎列下幡多415番地
神戸から、高速バスと路線バスを乗り継いで訪れることも可能なようです。
(神社ホームページのアクセスを参照ください:リンク)
※天の浮橋
〒656-0426 兵庫県南あわじ市榎列大榎列
※葦原国
〒656-0426 兵庫県南あわじ市榎列大榎列
参考文献
まんがで読む古事記
竹内恒泰さんの現代語訳古事記です。
(明治天皇の玄孫にあたる方です)
最後に
おのころ島神社は小さい神社ではありますが、とても厳かな雰囲気のある神社です。
今回は見逃してしまいましたが、雨の浮橋や葦原国と言われている場所がある、ということも、神話に関係した場所を訪れる楽しみの1つになるのではないでしょうか。
また、カラフルな台紙の御朱印も有名なようです。
珍しい御朱印なら、と、御朱印を貰いに行く方も、神話に思いを巡らせてみてください。
では、皆様にもよいGOENを!
しかし泉津平坂(黄泉比良坂)で追いつかれ、伊弉冉尊と口論になる。 そこに泉守道者が現れ、伊弉冉尊の言葉を取継いで「一緒に帰ることはできない」と言った。
つづいてあらわれた菊理媛神が何かを言うと、伊奘諾尊はそれ(泉守道者と菊理媛神が申し上げた事)を褒め、帰って行った、とある。
菊理媛神が何を言ったかは書かれておらず、また、出自なども書かれていない。
この説話から、菊理媛神は伊奘諾尊と伊弉冉尊を仲直りさせたとして、縁結びの神とされている。
(Wikipediaリンク)