(大阪福島)王仁ゆかりの素戔嗚神社、王仁八阪神社を訪問。神主さん何処。。

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はじめに

大阪の福島に立ち寄った際に、ふらっと入った神社。
そこで、古事記に出てくるような歴史を発見した、というオハナシです。

素戔嗚尊神社

HP:http://www.yasakasan.com/index.html

由緒

神社HPより
当神社の由来は、詳ではありませんが、浦江村(現鷺洲及び大淀の一部)の鎮守として、足利時代には既に存在しました。
以前は、牛頭天王社とも、祇園社とも称されましたが、明治五年「素盞烏尊神社」と改称し村社に列せられました。
氏子の方々からは、「浦江の八坂さん」と親しまれています。

本殿

1)入り口

2)手水舎

3)本殿

本殿は一度戦争で焼けており、再建されたそうですね。


王仁神社

王仁とは、応神天皇時代の人で、百済からの渡来人と伝わっています。
Wkipedia:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E4%BB%81

Wikipediaより
王仁社に関し、『摂津名所図会』では「犬江殿古蹟(おほえどのこせき)難波旧図、田蓑島にあり。この所斎宮女御御楔の地、今大仁村の北端に古松一株あり。その下に石造の宮の屋根なるもの見ゆる。余は土中に埋もれたり。これ、祓除の地の古称なるか。」と記述し、『摂津名所図会大成』では「大古墳」とある。

一本松大明神・正一位稲荷大明神・王仁大明神と呼ばれ、王仁の墓との伝承があるが、 井上正雄は大仁の和邇部が誤って伝わったとし、 三善貞司は大化2年(646年)に孝徳天皇が制定した大仁墓のことかと、いずれも否定的である。



その他の摂社・末社

1)八幡社ー応神天皇
(浦江城の守護神として祀られていたそうです)

2)斎宮社ー飯豊受皇女神
(野々宮社と共に伊勢斉宮女御のみゆかりの地に祀られ、この斉宮社は本社と隣接してあったため、古代において内親王が伊勢の斉宮(いつきのみや)に定まったら、御祓をする地であったと推察されています)

3)野々宮社ー野々宮社
(古地図にみえる伊勢斉宮女御の御祓のために定められた野宮とこの野々宮社の旧地が概ね一致することから、摂津誌や大日本史は御祓の地と断定している)

4)伊勢神宮遥拝所

5)不明(氏神様?)

こちらの神様の正体はわかりませんでしたが、辺りの氏神様でしょうか。

王仁八坂神社

由緒

Wikipediaより
王仁公所縁の地とされ、大仁の氏神として素盞鳴尊を祀る。

とのことです。素戔嗚尊神社から徒歩数分と同じような神社があることが不思議だったのですが、
もとはこちらが正式なもので、素戔嗚尊神社に移されてこちらも残った、ということかも知れません。

由緒書1)よく読めません・・・

由緒書2)草で覆われていました・・・

本殿

1)入り口

2)手水舎

3)本殿

とてもあっさりした作りになっています。

4)裏の鳥居

摂社・末社

稲荷社があります。ー天御中主神・ 天照皇大神・熊野大神

その他)

何の記念碑でしょうか。征露とは・・。日露戦争でしょうか・・・。

場所

行き方

1)福島駅を出て、左側に曲がり踏切を渡って真っ直ぐ進みます

2)ジャンカラが見えたら左に曲がり、高架沿いに進みます。

3)しばらく真っ直ぐ進み、下記で右折します。

4)すると、すぐ右奥に公園が見ますので、公園の中に素戔嗚神社があります。

地図ー素戔嗚神社

福島駅から徒歩10分ちょっとです。

地図ー王仁八坂神社

素戔嗚神社から徒歩2〜3分です。

御朱印

いづれの神社にも神主さん不在でした。
いつ行けば社務所は開いているんだろう??
(特に、素戔嗚神社は2回目の訪問にも関わらず、両方共に不在。
2回目はTELしてしまいましたよ・・・。神主さん、あぁ、何処・・・。)

まぁ、真面目に考えるとすると、きっと、お祭りのとき位にしか現れない神社なのだと思われます。
御朱印は地元(近く)に住んでいる人しか無理かもしれません・・・。

参考まで

隔週刊 神社百景 DVDコレクション 再刊行版

最後に

街中の通り過ぎてしまうような神社にも、昔の由緒があって歴史があることが分かったのは発見でした。
空襲や時間の流れで歴史が曖昧に伝わっていることは残念ですが・・・。

にしても、いつでも御朱印がもらえる神社というのは、すごい所なんですね。
だからこそ、今まで残ってきたのかもしれません。

では、皆様にもよいGOENを!

デアゴスティーニ

デル株式会社

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