(鹿児島)鹿児島神宮訪問の番外編:石體神社とその周辺。卑弥呼がいた!?(A7Ⅲ)

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はじめに

鹿児島神宮訪問記の番外編として、近くにある石體神社と周辺をご紹介します。
邪馬台国が九州にあった、という説を元に卑弥呼神社が建立されているなど、少し驚きもありました。

こちらの記事の続きになります。

(鹿児島)鹿児島神宮を訪問。入り口付近でチェスト!と聞こえる元気な神社!(A7Ⅲ)

鹿児島神宮から石體神社に向かう

1)石體(せきたい)神社

(A)御祭神

鹿児島神宮と同様です。

(B)由緒

こちらの石體神社なのですが、もともとの高千穂の宮があった場所とのことです。
鹿児島神宮の旧社殿地だそうです。

(C)ご利益

御祭神の1柱である豊玉姫が非常に安産だったことから、安産にご利益がある、と言われています。
(=産まれたのは、神武天皇の父親ですね)

神社は普段は無人(私が行った際も無人でした)です。しかし戌の日の午前9時30分より午前11時40分迄こちらの神社で安産祈願を行っているそうです。
(割と人気のようですよ!)

日付は、神社のホームページ(リンク)をご参照ください。

(D)訪問記

上記の看板をすぎると、鳥居が見えてきます。

鳥居をくぐると、社殿が見えてきます。

社殿です。新し目の社殿ですね。

参拝します。

横から社殿を見てみます。

石が積んであります。

こちらの石は安産祈願の石だそうです。出産を控えているかたが1つ持って帰ります。願いが叶ったら、2つにして戻すそうですよ。

参道を降って戻ります。

2)卑弥呼神社

(A)卑弥呼神社とは

九州に卑弥呼がいたはず!という仮説のもとに建てられた神社のようです。

上記は、「一説」でしかありませんが、
古代日本の祭祀形態として、女性が「姫巫女:ひめみこ(=卑弥呼?)」が祭祀を執り行い、それを男性の「彦御子:ひこみこ(=卑弥弓呼)がサポートを行っていたそうです。
そのため、その形の1つではないか、という説もありますが、現状はよくわかっていません。

(B)訪問記

卑弥呼神社の入り口です。
社務所のような建物もありますが、いつやっているかは不明です。
(もうやっていないのかも?)

入り口の右側に銅像があります。卑弥呼像だそうです。

鹿児島神宮から歩いてくると、こちらの入り口の方が先にあたります。
橋も卑弥呼橋です。

神社がすぐ見えます。
中を祀るように縄がかけられています。何か意味がありげです。

お参りします。

横から見るとこのような社殿になっています。

3)高千穂の宮跡

石體神社が高千穂の宮があった場所、と言われているため、石體神社(鹿児島神宮?)の駐車場の場所に高千穂の宮跡の石碑が建立されていました。

4)鹿児島神宮〜石體神社

鹿児島神宮と石體神社の間の道は爽やかな雰囲気でした。
ぜひ、歩いて見てください。

水路が整備されています。

坂本龍馬も通った道(新婚旅行)とのことです。
ハネムーンロードとされているようです。

道端に花も咲いています。

おまけ:保食(うけもち)神社

鹿児島神宮の大鳥居のある交差点で、保食神社を発見しました。

小さな神社でした。
御祭神:保食神

綺麗な装飾がされていました。

さいごに

鹿島神宮・鹿児島(九州)は色々と大和政権・古代日本に関係があるような場所だと感じました。

卑弥呼が姫巫女を間違えられたものなのか、邪馬台国があったのか、私はわかりません。
ただ、古代にお宮があった(高千穂の宮)という伝承は大切なものだと考えます。
鹿島ー>鹿児島という移動があったかどうかはわかりませんでしたが、大和政権に関わりがありそうだ、ということは感じることができました。

では、皆様にもよいGOENを!

デアゴスティーニ

デル株式会社

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