(千葉)東国三社:香取神宮を訪問。迷っている人の背中を押してくれる神社。(α7Ⅲ)

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はじめに

東国三社巡りの最後の3社目。
香取神宮を訪問してきました。
迷っている人の背中も押してくれる神様とのこと、皆様が訪問する際の参考に作っていますのでご覧ください。

※東国3社巡り
鹿島神宮

(茨城)東国3社:鹿島神宮を訪問。意志のある人を応援してくれる神様。(α7III)

息栖神社

(茨城)東国三社:息栖神社を訪問。小さいけど2000年以上の歴史あり、路の安全を守ってくれる神様。(α7Ⅲ)

東国3社巡りバスツアー

東国3社巡りバスツアーに参加。適切にアシストしてくれるツアーだった(α7Ⅲ)

御祭神

経津主大神(ふつぬしのおおかみ)
別名:伊波比主神/斎主神(いわいぬしのかみ)、斎之大人(いはひのうし)

鹿島神宮の武甕槌大神と共に出雲の国譲りで活躍した武神です。
が、古事記には登場しないとのこと。少しびっくりでした。

Wikipediaより
『日本書紀』(720年)では異伝として、イザナギ(伊弉諾尊)がカグツチ(軻遇突智)を斬った際、剣から滴る血が固まってできた岩群がフツヌシの祖であるとしている。『日本書紀』正伝では、天孫降臨に先立つ葦原中国平定においてタケミカヅチ(鹿島神宮祭神)とともに出雲へ派遣され、大己貴命と国譲りの交渉を行なったという。なお、『古事記』ではフツヌシは登場しない。

ガイドさん曰く、鹿島神宮のタケミカヅチと異なり、迷っている人の背中も押してくれる神様、とのことでした。

社格と由緒

社格

式内社(名神大社)、下総国一宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。

由緒

下記に神武18年とされていますね。

Wikipediaより
社伝では、初代神武天皇18年の創建と伝える。黎明期に関しては明らかでないが、古くは『常陸国風土記』(8世紀初頭成立)にすでに「香取神子之社」として分祠の記載が見え、それ以前の鎮座は確実とされる。
古代に香取神宮は鹿島神宮とともに大和朝廷による東国支配の拠点として機能したとされるため、朝廷が拠点として両社を祀ったのが創祀と見る説がある。これに対して、その前から原形となる祭祀が存在したとする説もある。

(なぜか)藤原氏の氏神とされており、鹿島神宮と共に春日大社へ神様が勧請されています。

訪問記

では、香取神宮の中を見て行きましょう。

門前町から手水舎

門前町の入り口がこちらになります。お店が幾つか並んでいました。

少し歩くと鳥居と社号標が見えます。

参道です。左へ、右へと続きます。

参道にある灯篭に鹿が描かれています。
香取神宮も鹿に関係があるようです。

神社は樹が多いため、杜と言われますね。

境内案内図が掲載されていました。

次の鳥居の手前に神池があります。

鯉が泳いでいます

鳥居と狛犬が見えます。

鳥居をくぐると、赤く立派な「総」門が見えます。

 

総門を潜ると手水舎があります。

手水舎です。

手水舎のすぐ近くに、摂社があります。

市神社(いちがみしゃ) – 祭神:事代主神
天降神社(あまくだしじんじゃ) – 祭神:伊伎志爾保神、鑰守神。市神社に合祀。

馬場殿神社(ばばどのじんじゃ) – 祭神:建速須佐之男命

奥宮と要石

手水舎を左に行くと、奥宮と要石があります。右に行くと本殿です。
総門に向かう曲がりくねった坂道の参道の途中に要石に向かう道があるのですが、山道になっているためこちらの方がオススメです。
私は時間の都合でこちらを先に回ることにしました。

木々を見ながら、普通の道路を抜けて行きます。

手前に要石、奥が奥宮です。最初に奥宮に向かいました。
奥宮の立て札が出ています。

立て札と一緒に雨乞い塚がありました。

進んで行くと、剣豪のお墓があり、その奥に奥宮があります。

伊勢神宮で見たお社と似ていると思ったら、その通り伊勢からでした。

とても清々しい参道でした。

奥宮の入り口手前に、奥宮の御朱印をしてくれるテントが設営されていました。

手水舎側に戻っていきます。
要石の立て札が出ています。

道を進みます。

要石です。
鹿島神宮の要石はナマズの頭を押さえていますが、香取神宮の要石はナマズの尻尾を押させています。

要石の石碑かな。。。?(よくわからずでした)

側に押手神社がありました。
祭神:宇迦之御魂神

押手神社の奥に護国神社が鎮座していました。

本殿

手水舎をそのまま右に行けば本殿です。
本殿の前には、楼門が建立されています。

楼門から本殿が見えます。

楼門は内側から見ても立派です。

狛犬が配置されています。(片側です)

拝殿です。とても立派です。

近くで見て見ると、鹿島神宮と同様に非常に凝った作りをしています。

参拝を済ませます。

拝殿を裏から見るとこのような形です。

拝殿の右ななめ後ろに御神木があります。

拝殿を左に行きます。
香取神宮は拝殿・本殿を一周できますので是非!

御饌殿です。

御饌殿のすぐ後ろに三本杉です。
三本杉の割に二本しかないな!?と思っていたのですが・・・

真ん中の杉が途中までしかありませんでした。

ガイドさんによると
源頼朝が3つの願いをしたら、3本に杉が割れた、という言い伝えのある杉とのことです。

神庫です。

神楽殿です。

摂社です。
匝瑳神社「そうさじんじゃ」。
本殿の向かって左方に鎮座する境内摂社。祭神2柱は、経津主神の父母神。
祭神:磐筒男神(いわつつおのかみ)、磐筒女神(いわつつめのかみ)

櫻大刀自神社(さくらおおとじじんじゃ) – 祭神:木花咲耶姫命

鹿島新宮社
「かしましんぐうしゃ」。本殿の向かって右後方に鎮座する境内摂社。武甕槌神は、鹿島神宮の祭神。
祭神:武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)、天隠山命(あまのかくやまのみこと)

その他見所

本殿の境内を奥に出ると、右手側に末社があります。
六所神社(ろくしょじんじゃ) – 祭神:須佐之男命、大国主命、岐神、雷神二座
花薗神社(はなぞのじんじゃ) – 祭神:靇神。六所神社に合祀

下総国式内社の碑があります。
事務所?!みたいな建物の塀がすぐ近くにあり、不思議な光景です。

左手奥に鹿苑があります。鹿島神宮と同様です。

楼門の手前(総門側)に末社があります。
諏訪神社(すわじんじゃ) – 祭神:建御名方神

番外編

帰りに一休み。名物の厄落とし団子です。

御朱印

本殿の御朱印と奥宮の御朱印をいただきました。
いろんなブログを見ていたら本殿しかないのですが・・・!?

1)本殿の御朱印
関東三社を巡ったため、記念品として香取神宮の写真をいただきました。

2)奥宮の御朱印
2018年の秋頃から、土日ではじめたそうです。
しかし、奥宮の御朱印については、常に実施している訳ではなく神社の行事等の事情により中止になることが多いそうです。
そのため、必ずしもいただける訳ではないということをご了承ください。
(ちなみに、時間も16時頃までと本殿の御朱印よりも終了時間が早いそうです)

お守り

東国三社お守りのシールをいただきました。これで、お守りの完成です。

地図

東京駅からもバスが出ているようです。(ホームページ
鹿島神宮と香取神宮は、とても訪問しやすくなっているんですね。

参考図書

神社百景の香取神宮(関東三社)が出ている号です。

また、定期購読はこちら。
隔週刊 神社百景 DVDコレクション 再刊行版

また、正直、「うーん!?」と感じる部分がなくもないのですが、今回の旅の出発点となった本を紹介します。
筆者は、もともと天孫は関東から東北にかけて国を築いており(青森の遺跡など)、それらの人々が気候変動によって鹿児島(九州)に船で移動した、と主張しています。

その移動により、鹿島と鹿児島の名前が近いのだ、と主張しています。真偽については、かなり強引な印象を受けましたが、今回、関東3社巡りと九州2社(霧島神宮・鹿児島神宮)を回ったきっかけを作ってくれた本です。

最後に

今回、東国三社を回ってみてとてもパワーをもらえた気がします。
(9月上旬だったのですが、夏日の戻りでとても暑かったのですが・・・)
色々と事前に見所を確認できたので、写真の多い記事になってしまいましたがお付き合い頂きありがとうございます。

※東国3社巡り
鹿島神宮

(茨城)東国3社:鹿島神宮を訪問。意志のある人を応援してくれる神様。(α7III)

息栖神社

(茨城)東国三社:息栖神社を訪問。小さいけど2000年以上の歴史あり、路の安全を守ってくれる神様。(α7Ⅲ)

東国3社巡りバスツアー

東国3社巡りバスツアーに参加。適切にアシストしてくれるツアーだった(α7Ⅲ)

では、みなさまもよいGOENを!

デアゴスティーニ

デル株式会社

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